81歳 「笑点」の5代目司会者,落語家の桂歌丸さんが死去・・・


落語家の桂歌丸(かつら・うたまる、本名椎名巌=しいな・いわお)さんが2日、亡くなった。81歳だった。

歌丸さんは16年5月に50年出演した「笑点」の司会を勇退。
その後2015年6月には床ずれの手術・治療などで入院し、一時回復して退院しましたが、その後も体調不良になり14日に再入院。
原因は体重が36キロまでやせ…



亡くなった原因は体重が36キロまでやせた体力の低下に加え「腸閉塞」を起こしてしまい、歩くこともままならない状態であった事によるものだった。

そんな中でも関係者によると体調によっては8月の国立演芸場への出演に強い意欲を見せていた…
筆者も子供のころから大好きな落語家の一人である歌丸師匠。
前々から体調不良の様子だったがこんなに早く亡くなってしまうとは…

桂歌丸(81)

落語家とはどういうものなのか

そもそも落語とは何か?

筆者も改めて考えるとわからない点も多かったので今回落語がもっとみんなに認識されるようにまとめてみたいと思う。

落語の話をする前に『噺』口に新しいと書いて『はなし』と読みます。筆者は最初読めませんでした…


落語とは、落ちを語る。と書きますよね。
大衆芸能、寄席演芸の一つ。
おかしさを中心とする日本独特の話芸です。
普通は壇上の真ん中に着物姿で座ったまま、扇子、手ぬぐいなどわずかな小道具のみ使い、話術と身ぶり手ぶりや顔の表情で話を表現していきます。
その語りには〈まくら〉という導入部をもち、物語を〈落ち〉(さげ)という洒落(しゃれ)でしめくくるのが普通とされます。
したがって落語は、狭義には滑稽(こっけい)で落ちに重点をおく〈落し噺〉を指す事になります。
更に広義には人情噺、音曲噺、芝居噺、怪談噺なども含みます。
またお客さんから御題をもらって即席につくるお題噺、三題噺などもあります。
現在の落語のうち古くから伝えられ、ほぼ明治期に完成されたものを古典落語といい、以後に作られたものを新作落語といいますが、その境界は必ずしも明確ではないとされます。
そして落語家には芸の巧みさによる段階があり、初め前座(ぜんざ)として出発、次第に二つ目(大阪では〈中座〉)、真打(しんうち)と昇進していきます。

面白さの階級ってすごいですね!

落語の起源は戦国大名に仕えた御伽衆の話術にさかのぼるといわれるていますが、
一般的には、江戸初期に《醒睡笑》を出した安楽庵策伝〔1554-1642〕が大名などに滑稽談を聞かせたのが落語の初めといわれるようです。

17~18世紀になると笑い話は、次第に辻噺、座敷噺となって一般にも広がり大衆化して行きましたが、やがて中興の祖とされる烏亭焉馬(うていえんば)〔1743-1822〕が江戸に現れて小咄(こばなし)の創作も盛んになっていきました。
また1798年には江戸の岡本万作が,続いて江戸の初代三笑亭可楽〔1777-1832〕,大坂の初代桂文治〔1773-1815〕が寄席興行を始め、話の種類や演目もふえ、名人上手がたくさん輩出していきました。

のち天保改革の弾圧で一時衰えた時期もありましたが明治に三遊亭円朝が出て以来、多くの名手の芸が人気を集めて今日に至りました。なお、〈落語〉の字は落し噺の当て字として江戸中期から確認されていますが、これを〈らくご〉と読んだのは明治中期以後との事です。


はい。今で言う『すべらない話』に似ていますね。
笑いを仕事にするにはたくさんの下積みがいるのですね。
落語家とは人を楽しませるために努力を苦にせず人情豊かな人が成れるものだと感じました。

改めて笑点、5代目名誉司会者の桂歌丸師匠には心よりご冥福をお祈りいたします。


歌丸師匠は天国でもたくさんの笑いを集めているんでしょうね…

圓楽師匠と歌丸師匠の絡みがすごく好きだった…



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